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アメリカのプレートライアルーディスカバリの命令が一方的に出される点を押さえこみ、海外の情報が欲しければ、条約ルートで国家対国家で正規の要請(共助ルートでの要訥)をせよ、とするところにあった。
アメリカはそれを呑んだ。
にもかかわらず、相変わらず、一方的な命令が発せられる。
そこで訴訟になった。
けれども、アメリカ連邦最高裁は、右の条約は、アメリカ側にとって新たな一つのオプションが、海外での情報の収集につき与えられたものとしての意味を、有するにとどまる、断したのである。
つまり、条約でいくらアメリカ側の一方的措置を縛ろうとしても、的な措置は温存される。
と言うのである。
これにはアメリカ内部でも批判はあるが、が現状である。
日本の銀行監督とアメリカからのディスカバリ命令つい最近。
とんでもない事件が起きた。
や令に関する問題である。
はり、アメリカ裁判所からのディスカ日本では、銀行の業務に対して。
大蔵省の検査(や日銀の考査)がなされる。
不健全な業務を放置しては、金融市場にとって深刻な事態が生ずるからである。
そして、そのような具体的な検査内容は、当然のこととして秘密扱いにされる。
ところが、日本には、スイスやカリブ海諸国のような銀行秘密を法的に担保する制度(公的なそれ)かない。
既述の国家公務員法一〇〇条で、検査をする側の大蔵省の職員に対し、守秘義務が課されるのみである。
こうした状況の下で、アメリカで私企業間の訴訟が起きた。
被告は日本の銀行であった。
原告側は、そこで日本の大蔵省が被告銀行に対して行なった、銀行検査の内容につき。
プレートライアルーディスカバリをかけたのである。
それに応じないと、その訴訟において被告銀行は極めて不利な立場に立たされる。
こうした展開は、ある程度予測されていたことである。
証券不祥事の際の、既述のSECの調査も、さらにズワイ蟹輸入カルテル事件におけるアメリカ司法省側の本当の狙いも日本国内での出来事をアメリカの論理で動かそう、という方向での営為であった。
大蔵省と日本の銀行との間の、いかにも日本的で、アメリカから見れば著しく閉鎖的な関係についても、通商法三〇一条や反トラスト法の域外適用により、アメリカ的に変えさせよう、との欲求がある。
政府のやることの一端を私人にも担わせ。
そのためのインセンティブを私人に与えようとする制度は。
アメリカにはいろいろとある。
幸いにも。
前記の銀行検査に対するディスカバリのヶjスにおいては、通商摩擦的な背景はなかったが、これが認められると深刻な問題となる。
日本国内で国家公務員法一〇〇条により秘密扱いとされる銀行検査の内容か、検査を受けた側の銀行を通して、明るみに出されることになる。
そうなれば、不用意に特定の銀行の業務内容や大蔵省の政策スタンスが開示されてしまい、銀行検査の制度の根本が揺らぐことになる。
そんなことを、私人間紛争において、しかもアメリカの裁判所の命令という形で、させるべきなのか否か。
銀行の国際的活動につき、証券取引規制や課税の場合と同様に。
各国規制当局間の緻密"7な情報交換等が必要な状況にあることは。
たしかである。
けれども、BCCI事件で再度J認識された国際的な銀行監督上の各国間の協調も、高度の秘密性が担保されなければ、その実効性を維持できない。
そもそも、前記の事例で問題とされたような事柄は、日米当局間の共助により、国家対国家の関係で問題とされるべきものであり。
それをバイパスして私人間の国際的な訴訟において一方的な開示を求めるようなことはノ認め難いのである。
けれども、この点をどう考えるかは、最終的にはアメリカの裁判所の判断にかかっている。
そして、そうなってしまったことの理由の一端は、純粋に自国内での問題ばかり考え、自国の法制度が外国からの命令により、容易にバイパスされ迂回(サーカムベンション)がなされてしまうことに対する。
日本側の認識の甘さにある。
例えばスイスには、外国の当局や裁判所に対して。
自国内にある秘密の情報を提出することを禁止するための、一般的な規定がある。
国際的な問題の広がりを自然にとらえ、取引の国際化と規制の国際化とを連動させてゆく必要がある、との点への認識は、既述の域外適川問題への対応と同様、日本において十分ではないのである。
今後、この種の問題は多発するであろうし。
第二部で論ずる通商摩擦の視点をもインプツトしつつ、独立国家としての明確な対処方針を策定する必要が、あるはずである。
本書第一部で示して来たところは、すべてボーダーレスーエコノミー論へのアンチーテーゼの提示、としての色彩を有する。
経済がもはやボーダーレス化し、それを素直に認めて。
主権だ国境だと古めかしい議論をするな、との主張。
国家主権こそがボーダーレスーエコノミーヘの阻害要因であるから、国際的な制度調和(ハーモナイゼイション)を進め。
規制のレベルを各国で平準化するか、そもそもそれらを撤廃せよ、との主張。
こうしたボーダーレスーエコノミー論の側からの主張は、これまで法的な問題把握というものを極端に軽視し、法律と言えば官庁の許認可ばかりを考えて来だに等しい戦後日本経済のあり方にとって、極めて耳ざわりのよいものであった。
また、ともすれば自国内に純粋に閉じた問題のみに終始しかちな、日本の「官」の側の姿勢(域外適用問題について端的に示されているそれ)とも遅動し得る何かが、そこにはあった。
だが、一体何をどこまで見てボーダーレスーエコノミー論が主張されて来たのか。
私はそこを問いたかったのJである。
国境というものは、厳然と存在する。
国家主権に基づき、各国それぞれの価値観や正義観が、ときとして烈しく衝突する。
それが現実である。
各国法の域外適用問題か一方にはあり、他方、各国規制当局間の協力(共助)のメカニズムかある。
経済が一歩一歩ボーダーレス化の方向に進みつつあるのは事実だが、各国の、そしてそこに住む人々や社会の基本的な物の考え方の相違をすべて捨象し、あたかも世界は一家、人類は皆兄弟といったユートピア的発想で、経済合理性(結局は企業の論理こぽかりが追求されるのは、いかがなものか。
国家の分裂と統合。
そして民族対立一九八〇年代に華々しく説かれたボーダーレスーエコノミー論は、本書第一部で多面的に論じた諸点、即ち「国境」を越えた様々な法律問題を十分踏まえないでそれが説かれて来た点で、重大な欠陥を有する。
他方、それは、旧ソ連圏の崩壊(それは、当初はボーダーレスーエコノミー論に有利と思われた面もあろうか)後の、極端な国家の分裂と烈しい民族対立の下で、いささか色琵せた存在になってしまったように思われる。
それらの「対立への構図]をすべて捨象して。
専らいわゆる西欧先進諸国の中に日本を置き、ボーダーレスーエコノミー論を唱えるのであろうか。
もっと世界の現実を直視すべきではないのか。
現実の我々の世界の。
最も烈しい亀裂を直視した上でなければ、真の国際的制度調和など、あり得ないはずではないのか。
私はそう思う。
ドイツ統一の法的構造一九九一年一〇月三日、旧東西両ドイツは統一された。
一見、そこにボーダーレスーエコノミー論的な風が吹く。
だが。
ドイツ統一(再統一)の現実の姿を、日本の人々がどこまで知った上での反応なのか。
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